鷺沢萠『さいはての二人』

さいはての二人

さいはての二人

さいはての二人

はじめのうちはカワイイね、なんだか危なっかしくて見てられないな、などとまるっきり庇護者ぶって、けれど最終的に要求されるものはいつも一緒だ。それが美亜の、精いっぱいの経験値だった。(p.10)

 五十数年前の、あるいは二十数年前の悲劇にどれだけ思いを馳せたところで、そうして、あれがなければ自分は生まれていなかったなどとどれだけ考えてみたところで、あと数時間もすれば美亜がさして好きでもない相手に目いっぱいの笑顔をつくってみせながら、これもさして好きでもない酒を身体に流しこまなければならないのは揺るぎようのない事実だった。(p.98)

約束

けれど人間は何かひとつの出来事で劇的に変われるものではない。これまでの人生で何の義務も負ったことがなく、どんな責任も果たしたことのない男が、突然父親の自覚を持てるわけがなかった。(p.129)

遮断機

 変えられない日常を抱えて歳月を浪費していたのは自分だけで、他の人たちはそれと同じ歳月を確実に生き、変わっていったのだ。それだけのことだ。そうしてそう考えれば笑子はここしばらく死んだように生きていたかも知れない。一生懸命やっている、がんばって生きている、などと思っていたのは自分勝手なひとりよがりだったのかも判らない。(p.184)

 鷺沢さんの小説は、現実に根ざしている感じがする。書かれたのは十年以上前で、書かれているのは今の日本ではないけれど、たしかにこういう時代があって、こういう人々がいて、その延長線上に今ここで生きている自分がいる、というのをわからされる感じ。
 自分が知っている時代や場所を舞台にしているはずなのに、どこか異次元の、ここではないどこかの物語に感じられる小説も「いいなあ」と思うけれど、それとはまた違う「いいなあ」が、読んでるとわいてくるんです。