川端康成「散りぬるを」(『眠れる美女』所収)

眠れる美女 (新潮文庫)

眠れる美女 (新潮文庫)

「ちがいますよ。あんたなんかもね、女流作家になりたいなら、文学なんぞあきらめちゃって、お嫁入りするんですね。文学なんかは、もっと人生でひどいめにあってから、はじめた方がいいですよ。文学にだまされるよりも、男にだまされた方が、よっぽど女流作家ですよ。今のあんたはいかにも女流作家だ。女の作家にはちがいないです。しかしあんたが活字になるような小説が書け出したら、あんたはもう女の作家じゃありゃしない。男の作家の真似をするだけですよ。女でなくなりますよ。女でない、ろくでもない女になりますよ。文学には、女のすることなんかないんですよ。」(p.207)

「悪い文学は美しい感情で作られるということがあるが――あんたから預かった小説を四つ、続けざまにさっき読んだんですよ。皆文学にもなにもなってやしない。人を没我的に愛して、相手からさんざん踏みつけられて、その同じことを幾度くりかえしても、やはりおめでたく愛している、自分がそんな女だという広告文ですよ、どの作もね。男をいい気につけあがらせる恋文みたいなもんですよ。」
(…)
「こんな小説は女性すべてのためによくないですよ。女はどんなひどいめにあわせてもいいのだという気を男に起させる。小説なんか書くのお止しなさい。あんたのいいところを、恋人か夫のために、そっとしまっとくんですね。広告なんかしないで。」(p.209)