近衛有理について
- 作者: 荻原規子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2011/03/23
- メディア: 文庫
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ひろみとお茶をしたり、甘いものを食べたり、「あなたね、さっさとふっちゃいなさい」と言う時の彼女は、まったくもってふつうの女の子に見える。それなのに、彼女と関わった人間が語る事件や、周囲で起きる出来事は、彼女が一歩間違えば大事件になる危険なことだってやってしまう人間であることを匂わす。
このお話はひろみの一人称で語られていて、読者はひろみの目以外で、この物語を眺めることができない。だから、有理がひろみに見せた部分しか見ることができない。彼女は何が欲しいのか、何がしたいのか。過去に何があったのか……具体的なことを彼女はいっさいひろみに語っていないから、読者がそれを知る術はない。有理はサロメや、マザーグースについて話す中で、誰にでも見せることはできない顔を、ひろみには見せたのだろう……とは思うけれど。ひろみが、それまで誰にも話せなかったある体験を、有理には話すことができたように。
「恋愛なんて個人的な体験なのに、どれがまともかだれにわかるの? 私だって、好きな人のことがどうして好きかは、きっと他人と合わないよ」(p.153)
「何かあったのだ」と匂わすだけで、「何があったのか」は語られない……でも、もしも言葉という手段で彼女が「何があったのか」を語っていたら、一気に俗っぽくなって、物語自体が壊れてしまったのかもしれないな。