三島由紀夫 『真夏の死』 新潮文庫

真夏の死―自選短編集 (新潮文庫)

真夏の死―自選短編集 (新潮文庫)

路子の体をまだ私は知らないのだ。「これではない、この体ではない」もう一度私をしてそう叫ばせるような体をば路子をもまた持っているのではないかという不安と危惧は今もなお私の手に残されている。その不安と危惧への好奇心、むしろ破滅へのはげしい好奇心は依然として私のものである。(P.64 『春子』)

 人生で最初の別れ話!
 それは彼がずっと前から夢みてきた事柄で、それがやっと現実のものになったのだ。
 そのためにだけ少年は少女を愛し、あるいは愛したふりをし、そのためにだけ懸命に口説き、そのためにだけしゃにむに一緒に寝る機会をつかまえ、そのためにだけ一緒に寝て……さて、準備万端整った今では、ずっと前から、一度どうしても自分の口から、十分の資格を以て、王様のお布令のように発音することを望んでいたところの、
「別れよう」
 という言葉を言うことができたのだ。
(P.278 『雨のなかの噴水』)