雀野日名子 『トンコ』 角川ホラー文庫

トンコ (角川ホラー文庫)

トンコ (角川ホラー文庫)

 id:quaint1719さんにいただいた本。ありがとうございます。
 ふと思い立って著者名を口に出して読んでみた。「すずめのひなこ」ってかわいい名前だなと思った。(角川ホラー文庫だけど)

 まず、表題作の『トンコ』。トンコ自身はものすごく人間に迷惑をかけるようなことしてないんだけど、周囲の人間が汚い危ない襲われたと騒ぎ立ててトンコを悪者扱いするようすが滑稽でした。
 トンコの行動や感情(?)を擬人化してないとこがいいな。トンコはたった一頭で、きょうだいたちを匂いを頼りに探すけれど、その行動の動機を「寂しい」とか「悲しい」とか人間の気持ちを表す言葉で説明していない。きょうだいたちといっしょに過ごし、職員たちに世話され、子どもたちから好物のリンゴをもらえた時期のことも、そういうエピソードを出しているだけで、その時期に「戻りたい」とか「楽しかった」とかトンコ自身が「思う」場面はないのだ。ただ、事実を記述するだけで、トンコに人間の内面や言葉を持たせて語らせるようなことはしていない。それを読んで「かわいそう」だの「切ない」だの「哀れ」だのと思うのは読み手の勝手なんだなー、と思う。

 最後の『黙契』がいちばん暗い感じがする、かな。情景を想像すると気持ち悪くなりそうなので、想像しないように字面を目でなぞったダメな読者です。真ん中の『ぞんび団地』が、収録作の中で、いちばんトーンが明るい……設定は悲惨だけど。酷い家庭環境にいるあっちゃんは、誰も怒ったり泣いたり喧嘩したりせず「うー」という挨拶だけで通じ合えるぞんび団地の人々の暮らしに憧れて、「ぞんびにして」と毎日のようにお願いしに行くのだけれど、ぞんびさんたちはなかなかその願いを叶えてくれないので、あっちゃんは「こっくりさん」を呼び出し、どうしたらぞんびになれるのか訊いてみる……というお話。童話みたいなですます調で語られるのがおかしくておもしろい。

 人々が新しい人を食べつくしてしまうのを初めて見たとき、あっちゃんはおもらししそうになりました。でも、ここに何度か足を運ぶうちに、歓迎される人と食べられてしまう人との違いがわかるようになりました。人々や家の中の写真を撮りに来た人のことは、怒って食べてしまうのです。(P.91)