投げ出したい

 でも投げ出さない

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

私たちを投げ出してしまいたくなったこともあるだろうか。うん、きっとある、と私は思った。一生口に出さなくても、心の底の方で何もかもが面倒になったことがきっとあるだろう。(中略)誰ひとり、本当は心の底に眠るはずのどろどろした感情を見せないように無意識に努力している。人生は演技だ、と私は思った。意味は全く同じでも、幻想という言葉より私にとって近い感じがした。その夕方、雑踏の中でそれはめくるめく実感の瞬間だった。ひとりの人間はあらゆる段階の心を、あらゆる良きものや汚いものの混沌を抱えて、自分ひとりでその重みを支えて生きてゆくのだ。まわりにいる好きな人達になるべく親切にしたいと願いながら、ひとりで。(P.48-49)